米澤穂信『真実の10メートル手前』概要と感想(ネタバレ小)。太刀洗万智の魅力に引き込まれる秀作。

今回は米澤穂信さんの『真実の10メートル手前』の概要と感想です。

女性記者である太刀洗万智(たちあらい・まち)が事件の真相を明らかにするというお話です。6作の短編集から成り立っています。

作者の米澤穂信(ほのぶ)さんは、『満願』で2014年ベスト1ミステリ、『王とサーカス』で2015年のベスト1ミステリに輝いた、もはや敵なしと言った最高峰のミステリ作家です。

→王とサーカスのレビューはこちら
真実の10メートル手前

……とはいえ実は私はこの方の作品を、アニメ化原作『氷菓』でさえ、読んだことがありませんでした。

何も知らないまま『王とサーカス』と本作を一緒に購入し、ページ数が少ないという理由から、こちらの作品を先に読みました。

結論からいうと、一緒に買ったのは正解で、こちらから読んだのは……まあ良くも悪くもない、といったところでしょうか。

初めて米澤世界に触れる者からの感想をお届けしたいと思います。

ご丁寧なあとがき

ハードカバー本には珍しい、作者自身の「あとがき」ですが、ここで丁寧にご説明があります。いくつか引用させていただきます。(P.296-297から)

(中略)……ふと思いついたのが、『さよなら妖精』の登場人物の太刀洗万智が大人になり、子供の頃よりも大きな責任をおって真実と向き合う物語であった。

『さよなら妖精』の登場人物であった太刀洗万智を主人公として、新たな物語として著したのが本作における「正義漢」という短編。

転機は「ナイフを失われた思い出の中に」だった。……(中略)……小説としては大刀洗万智の覚悟を問うものになった。

前作『さよなら妖精』とのつながりがほのめかされているのは本作では「ナイフを失われた思い出の中に」です。

世に出るまでに最も紆余曲折を下手短編は、「真実の10メートル手前」だ。表題作と鳴るこの短編は他の五編とは異なり、太刀洗万智が新聞記者だった時期を舞台にしている。

……(中略)……『王とサーカス』の前日談として長編の劈頭に置くつもりで書いたのだ。

表題作であり、一番最初の話である「真実の10メートル手前」は、『王とサーカス』の本編に収録する予定だったが、第一章というよりは短編だったため、こちらに切り分けて収録したということです。

つまり時系列としては

『さよなら妖精』→「真実の10メートル手前」→『王とサーカス(長編)』→「正義漢」→……→「綱渡りの成功例」

となっているようです。

本書を太刀洗万智の成長物語という側面から楽しまれる読者も多く、そのような楽しみ方をするのであれば、一連の作品に目を通してみるのもよいかもしれません。

ただ一つ一つの作品としての独立性も強いため、そういった時系列に気が向かなくても普通に楽しむことができます。

各編概要

本作は

  • 真実の10メートル手前
  • 正義漢
  • 恋累心中
  • 名を刻む死
  • ナイフを失われた思い出の中に
  • 綱渡りの成功例

から成り立っています。

本書を読んだ感想は、「暴く側の覚悟と悲哀がにじみ出て感じられる」というところです。

真実を暴く側は、加害者=悪という単純原理に陥りがちですが、本作はそうではありません。

太刀洗万智はある種「わかってしまう」という悲哀をも湛えているようでもあり、物語によっては、被害者や容疑者など、「本当のことを知ってほしい」立場の代弁者となっています。

なかなかに稀有なキャラクターで、先には「前作を知らなくても大丈夫」と書いてみたものの、どうしても大刀洗万智には引き込まれる魅力を感じてしまうため、どうしても別の本を紐解いてみたくなってしまいます。

さておき、まずは、各話について簡単にレビュー申し上げます。

真実の10メートル手前

破産した福祉系企業「フューチャーステア」の代表の妹、早坂真里の居場所を、彼女の電話音声を鍵として追う作品。

『王とサーカス』と同じく、大刀洗万智の一人称で書かれている本書唯一の作品。解決の鍵が『王とサーカス』の舞台とリンクするところもあり、(未読ながら)前日譚として十分であったのではないかとも思いました。
(ただしなぜ別作品として収録したのかの理由は最後に納得するような構成にもなっています。それは後述します)

正義漢

本書の作順通りの時系列だとすれば、太刀洗万智、帰国後第一弾。

他者の視点で書かれているため「おっ?」となりますが、突然ダイナミックに彼女の姿が立ち上がってくるところは、文体に3D感さえも感じる非常に巧みなものとなっています。

恋累心中

【こいがさね】心中。記者視点からの語りで、太刀洗万智はアシスタント役として登場。

三重県恋累(実際には存在しない地名)という地名からセンセーショナルに報道された高校生男女の心中の真実に迫るというもの。

彼女の如才無い取材手配力や、本作のオチは、若干不自然な感じが否めませんでしたが、他者を通じて浮かび上がる、得体の知れない太刀洗万智の魅力に引き込まれてゆきます。

この作品が世に出たのが2007年ですが、奇しくも2015年に三重県で似たような事件がありましたね。

名を刻む死

本作からは記者以外の誰かをアシスタント役に仕立てる方式になります。

孤独死をしていた田上良造(62)の隠れざる真相に迫るというもの。第一発見者である中学生の男の子とともに、田上の息子に会い、真相を目の当たりにするというものです。

中学生を諭す彼女の新しい側面が伺えます。

……ところで、本作には特に田上良造が亡くなる年齢に関して違和感があるのですがどうなのでしょう。

ナイフを失われた思い出の中に

姉の娘を刺し殺したと自供する少年。少年の巧みな筆致による手記が彼の”異常性”を際立てるが、その文章に隠された本音とは――?

あとがきではアイザック・アシモフ『黒後家蜘蛛の会』に着想を得たとのことですが、本作品は一つ一つの発言があとから結実し、真相に至ってゆく点にあっと言わされます。

また見た目上は静かに真実を読み解きながらも、根底では人と人との生き様における壮絶な(心理)闘争がおこなれているという、そんあ「重み」まで感じる作品でした。

綱渡りの成功例

豪雨被害で取り残された戸波夫妻の救出劇に隠された、真実とは。

核心を突くタイトルが本作の内容を象徴しているようです。記者として本当にこのような真実の探求をすべきなのか、客観的に疑問に感じるところはありながら、「綱渡りの成功例」と締められれば、唸るしかない、そんな内容になっています。

「真実の10メートル手前」と「綱渡りの成功例」の呼応 ※ネタバレ注意

その他の作品は2007年~2011年に書かれたものですが、「真実の10メートル手前」は2015年8月「綱渡りの成功例」は書きおろしです。

「綱渡りの成功例」は2015年9月の鬼怒川決壊を思い出させるものがありますが、注目すべきはその舞台の地理(長野県南部)と「大庭商店」にあります。

大庭商店は、買い物に行くのが億劫である高齢者たちに、雑貨や食料・衣料を届けて回る移動販売を行っています。

「真実の10メートル手前」で登場したベンチャー企業「フューチャーステア」も、インターネットを通じてモノを届けるというもので、コンセプト自体が似通っています。

前者は自分さえも救うことができませんでしたが、後者は結果として人を救うことができました。

そういった点を踏まえると、2つの作品は、光と影、明と暗のような、非常に対照的なもののように思われます。

太刀洗万智が「綱渡りの成功例」において、何故真実をつかみとる事ができたのか。

それは「真実の10メートル手前」に始まる数々の辛酸を舐めてきた、彼女の経験にほかならないといえるでしょう。

そして、「綱渡りの成功例」の最後の1ページは、非常に印象的です。

「自分の問いで誰かが苦しまないか、最善を尽くして考えたつもりでも、最後はやっぱり運としか言えない。わたしはいつも綱渡りをしている。……特別なことなんて何もない。単に、今回は幸運な成功例というだけよ。いつか落ちるでしょう」

……(中略)……

 大刀洗さんは顔を上げ、ゆっくりと歩き出す。

「行っておきたい場所があるの。もう少し話していたかったけど、もう行かないと。今日は会えて嬉しかった。さようなら」

(P.294)

果たして彼女はどこに行こうとしているのか。

……それはきっと、きっとあの場所でしょう。


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筆者別

【読書感想】『小説 明日のナージャ~16歳の旅立ち~』感想というか雑文。
私はあえて一つの説を提唱したい。『けものフレンズ』の原型は『明日のナージャ』であると。 けもフレの魅力はサーバルやかばんちゃんそれ自体にあるわけでなく、それをとりまく仲間や環境、そして彼らの葛藤などに触れていきながら、最後に世界が内包していた問題に触れるというところだ。 さて、『明日のナージャ』はどうだろうか。ナージャ自体に魅力があるというにはさすがに幼すぎる。『ナージャ』を愛する者たちは、ナージャを取り巻く世界を愛しているのである。孤独なピアニスト、吟遊詩人、マタドールとフラメンコ‥‥そういった、”教科書には乗らない”人々の生き様に視聴者は感銘を受けたのである。 ナージャシリーズと細田守との関係性には詳しくないが、少なくともこの細田アニメが『時をかける少女』を生んで、それが新海誠の『君の名は。』を生むことになった。 そしてナージャの精神を正統的に受け継いだ作品が『けものフレンズ』。ケモナー細田もにっこり‥‥かどうかはわからないが、間違いなく言えることは、今は流行っているメディアはすべて細田守の頭の中に存在していたということだ。 逆に当人の作品は時代を先駆

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