『村上春樹は、むずかしい』レビュー。

time 2016/01/19 公開

time 2016/01/20 更新

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村上春樹のわりとライトめなファンですが、かなり面白かったです。(以下文中では『むずかしい』とします)

村上春樹は、むずかしい (岩波新書)

筆者加藤典洋さんが、同世代である村上春樹を評した内容となっていますが、村上春樹の著作から見えてくる思想捉え方が非常に鋭く、一般の私らが何気なく読んでいるだけでは気づかない、深い「読み」を教えてくれます。

小学生並みの感想で言うと、「村上春樹の小説はどこまでも哲学的であった」ということに気づかせてくれました。

また、この著書を読んだ上で、彼が今、ノーベル賞を受けるべき存在か否かというのはなかなか考えさせられるところであるのも面白いところです。

本書の序盤を読めば、「不世出の天才としてプライズされるべきだ」と信じこんでしまうのに、終盤を読めば、「う~ん、どうだろ」と思ってしまうのです。このように振れ幅をもたせてくれることも本書の魅力といえるでしょう。

著者の村上小説に対する読みの細かさにはただただ驚嘆させられます。

まあ自分の読みが浅かったということになりますが……

純粋な村上春樹への眼差しゆえに・・

『むずかしい』は、あくまで純粋に村上春樹の文体を追うことで、彼の変遷をつかもうとしています。

そのため、出版不況などの社会的背景については特段の見解を加えていないところには気をつける必要があるかもしれません。

『1Q84』はシリーズ300万部、『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』も100万部を越すと、「書けば売れる」作家であることは間違いがないため、村上春樹が社会的コンテクストの中で必要とされているというよりは、出版社としても彼を必要としているという、売上げ上の要請があります。

出版社は時に、本が売れないのは図書館のせいであるという、ナンセンスな議論を行いますが、彼らは売上を欲してやまない存在です。

つまり、村上春樹自身も、初期であれば純粋な自己発露であればよかった作品が、時を経ていくに連れ、日本代表の作家としての、別の責務が生まれてしまったように感じます。

たとえば、『1Q84』の3冊目は、『むずかしい』でも評するように、私が見ても蛇足感があり、結論の見えない、非常に浮いた内容でした。

『むずかしい』では、それを書き上げることそれ以降を書かないことを、父の死や、やや苦し紛れに『ねじまき島クロニクル』になぞらえています。

しかしもっと単純に言えば、冗長すぎるストーリーというのは、部数が重なるごとに売上が逓減してしまうという法則が適用されるために、切った、という邪推も不可能ではありません。

普通に考えたら3作目の後は中編を出したら売れるでしょうし。それが『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』だとしても、符号はするでしょう。

真実がどちらにあるにしても不思議ではありません。

 

あと、もう一つ気になるのは、昨今の村上春樹というキャラクターの記号化、アイコン化です。

というのも、彼自身が読者との対話を行うようになってきており、野球ファンであるという「普通の人」感を妙に演出し始めています。

『むずかしい』を借りて言うのであれば、地下鉄サリン事件の被害者との面談以降、「普通の人」回帰が極まった結果とも言えるでしょう。にそういった「地に足がついた存在」への逆のあこがれがあったのかもしれません。

「野球帽を被った少年」という村上春樹への評し方に加藤氏は若干の反発を見せていますが、これは本人と社会が形成した、今現在の村上像にほかなりません。

加藤氏がある種では初期~中期の作品の評価に熱を帯びていたのも、いわゆる「ハルキスト」らが見つめる村上春樹像と、社会が投影する村上春樹像との乖離が顕著であることにもやもやした想いを抱えていたからなのかもしれません。

でも私は思います。

アニメーション全盛の時代をも予言するような、世界観を描く新時代の旗手であったけれど、同様の作品がメディアを覆い尽くすようになり、時代が彼を追い越してしまった今、村上春樹は地上に足をつけるほかなかったし、社会自体も、彼をエンタメ枠に押し込めるような余裕ができあがってしまったのではないかと。

こういった現象は、ノーベル賞作家として名を冠するためには、悲劇的に作用しているような気もします。

ストイックさと孤独と、それを彩る壮麗なブックタワー

「エンタメ化」と「ノーベル賞」、その両立は可能なものなのでしょうか。

つまり

『むずかしい』に向けられる眼差しとして、「ハルキスト向けの自慰的な書籍」という声もあるのですが、まあそれも否めません。

ただ、今の不安定さを乗り越えて村上春樹がもう一度奇跡を起こしてくれるのであれば、人々の、彼に対する評価も、本書に対する評価も変わっていくのではないかと思います。

個人的にはすごく面白かったので★5です。

村上春樹の次回の長編は楽しみですね。

村上春樹は、むずかしい (岩波新書)
加藤 典洋
岩波書店
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K.

  • 映画評論・書籍評論・ニュース分析など、考察系記事などを良く書きます。心理療法も分野なので、たまに謎の音声を公開することも。

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