米澤穂信『さよなら妖精』感想。

今回は『さよなら妖精』の感想です。

さよなら妖精 (創元推理文庫)

前回『王とサーカス』『真実の10メートル手前』をレビューしましたが、大刀洗万智シリーズで言えば本作が第一弾となります。

とはいえ本作の主人公は太刀洗ではなく、同級生の守屋であり、彼女は探偵役という立ち位置、という形になっています。

ちょっと青春寄りのミステリーですね。

日常に潜む謎を追っていきながら大きな謎を追いかけるという二重構造のお話。

主人公は守屋路行で冒頭では大学生。彼の高校時代の日記を頼りに、遠い異国の地から来たマーヤと過ごした季節を追想し、彼女が今どこにいるのかを探すという物語です。

一つ一つの日記にミステリー要素が忍んでいます。大刀洗万智は日常に潜む矛盾や謎を誰よりも早く察知する探偵役ですが、彼女自身が答えを出すのではなく、守屋に解答権を譲る形で進行していきます。

守屋はマーヤと親交を深めていくうちに”ある望み”が頭をもたげてきますが、この純粋な”望み”というのがミステリー性を深める原因であったという逆説的現象であり、結果として物語の刻印を深くすることとなります。

青春小説として読むにはちょっと大人びている感じがしますが、その一方で守屋の昇華しきれていない青い感情も気になり、あるいは羨ましくも思います。

彼女の瞳に恋をする。

守屋が解くべき謎は、突き詰めていえば、恋愛感情に根ざしたものでした。

しかし彼はマーヤを「異性として」ではなく、「人間として」憧れを抱いていると思い込みます。やがて守屋は、彼女の故郷を訪ねたいと考えるようになります。

この守屋の勘違いは、他の登場人物にも影響していきます。

太刀洗万智は、守屋に対して、異性として好意を持っていました。

ところが突然現れた異国の少女のせいで、本来ならば守屋のそばにいる人物だったのが、いつの間にか横恋慕する立場になってしまいました。彼女は、はがゆい思いで二人を見守りながら、自分の適切な立ち位置を保ちつづけます。

その感情が発露するのが最後のシーンです。万智が守屋にぶつける告白めいた怒りは、守屋はマーヤに対する「恋愛感情」を「憧憬」と理解し、万智はそれが恋愛感情なんだ、と訂正しているようにも見えます。

歴史との絡め方が微妙か

後年の『王とサーカス』では歴史的背景と一件の殺人という、わかりやすい構図でしたが、本作もその構図になぞらえられています。歴史的大舞台と、一つの恋愛、です。

執筆当初まだ若手だったことも有ると思いますが、ユーゴスラビアの歴史との絡め方が若干直線的で安易だったのではないかというのが感想です。

歴史的事実と経済的側面、そしてマーヤの言葉の断片から彼女の居場所を突き止めるというのが最終局面ですが、センター地理のように、推論しながら答えをも出していくような感じで、特段はっとする内容ではなかったため、あまり上手い使い方ではないような気もします。

また、現実の舞台を、あくまで青年の感傷の道具として用いているという見方もできます。このことの良し悪しの評価は分かれるでしょう。

『太刀洗シリーズ』への影響

本作と関係があるものとして、『真実の10メートル手前』の「ナイフを失われた思い出の中に」で、マーヤの兄が訪れます。『さよなら妖精』と内容的にはあまりリンクしない形をとっていますが、印象深い記述があります。

 私は思い出す。十五年前の、妹の言葉を。

日本に友人ができた。純真な者や正直な者、優しい者が彼女の友になった。そして、センドーと呼ばれていた少女は、とても恥ずかしがり屋だったという。(『真実の10メートル手前』P.249)

純真な者が守屋、正直な物が文原、正直な者がいづる。ここまではしっくり来ます。

しかしセンドー(大刀洗万智)が「恥ずかしがり屋」というのは、なんとも不思議な表現です。作中では「恥ずかしがり屋」といえる要素はあまり感じませんでしたが、万智とマーヤは秘密を共有した仲であったといいます。

センドーはマーヤにどんな打ち明け話をしていたのでしょう。それが少し気になります。

「ティーンエージャーの頃と同じと言われて、嬉しくはありません」(同p.249)

と言って喜ぶ万智はちょっとかわいい。

 

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